ゲシュタルト療法において「夢のワーク」は特別な位置を占めているといえるでしょう。
もし「夢のワーク」のアプローチと理論的な背景を充分に理解することが出来れば、それはゲシュタルト療法の基本的なことを会得したことにもなるからです。
このことを理論とアプローチを解説しながら、今回から3回にわたり、みていきたいと思います。
【ゲシュタルト療法の夢のワーク】
アプローチの原則1:<意味>を知りたい夢を扱う
フリッツ・パールズは夢に意味があることを精神分析医として指導を受けてきました。
しかし彼が独自のゲシュタルト療法を創設するにあたっては新たな視点で夢を理解しようとしたのです。
その一つ目はユングの理論に影響を受けその視点を取り入れたことです。ユングは、夢はシンボリックなエネルギーである、夢には深い<意味>がある、とみなしていたのです。
そこで最初のアプローチの原則は本人が夢の「意味」を知りたいと望む夢を取り上げることです。
あるいは今までの記憶の中で印象的な夢やインパクトのある夢などを取り扱うのです。
繰り返し見る夢なども意味があるのです。
時には夢を全く見ない、覚えていないという人がいます。夢を見ない、覚えていないという「その感覚」から始めて行きます。というのも「見ない」とか「覚えていない」ことにも意味があるからです。
■アプローチの実際1:今朝見た夢のワーク
ユキミさんはスラリとした体型から一見するときゃしゃな女性に見えます。彼女の第一印象は優しい感じです。しかし自立心があり、若いころは(今も若いけど)、一人で海外をバックパッカーしていたような強さもあるようです。
ユキミさんは今朝見た夢のワークを希望しました。
彼女がジャングルからキャンプに戻ると、男たちがトイレを作っていました。
キャンプの反対側ではおばあさんが森を眺めています。
とても鮮明なイメージを伴った夢だったようです。
【ゲシュタルト療法の夢のワーク】
アプローチの原則2:夢に<命>を与える
2つ目のアプローチの原則は、夢に<命>を与えるために、「夢を見た」と過去形で語るのではなく、「今-ここ」の現時点で夢の世界にいるように<現在形>で語るようにしたことです。
この部分はモレノのサイコドラマやニューヨークで垣間見た即興劇の影響があると思われます。
パールズがニューヨークに移住した時に妻のローラとしばしば出かけたのが演劇でした。彼は演劇が好きでした。
当時ニューヨークで流行していた新しい即興劇は、事前に決められたストーリーや脚本に沿うのではなく、その場で役者が即興の劇を創り上げていくというものでした。
パールズはこのライブ感に「癒し」の原点を発見したのです。
夢の中に登場した人、物、風景を即興劇のようにワークのプロセスで表現することで新たな物語の意味が浮かび上がることを理解していたのです。
■アプローチの実際2:夢を現在形で語る
私はユキミさんに「目を閉じて、目の前に夢の扉を置いてください」と提案しました。
そして、夢の世界に入る準備が出来た時に、<夢の扉>を開けて、夢の世界に入り「あたかも夢の中に住んでいるように現在形で夢のプロセスを進行する」ように伝えました。
私は探していた猿に会うことが出来ずにキャンプ場に戻ります。
森を出たところに男の人達がいます。彼らは楽しそうにトイレを作っています。
そのトイレはガラスで創られていて、天井のところはとても美しく輝いています。男の人達は大きな輝くガラスをトイレの天井に据付けるために持ち上げています。
するとガラスは砕け散り空にバラバラと散っていきます。とても美しいガラス珠が空に砕け散ります。そして足元にバラバラに砕けた美しいガラス珠が落ちてきます。輝いたガラス珠が私の足元に広がります。
キャンプの反対側には、おばあさんが森の方を眺めています。私はそのおばあさんの方が気になっています。
【ゲシュタルト療法の夢のワーク】
アプローチの原則3:夢に出てきたものに<なる>
3つ目のアプローチの原則は夢の中に登場したそれぞれの部分に<なる>ことです。
夢の中に出てきた人や動物、電信柱、犬や猫、風に<なる>ことで、それぞれが表現したいことを表現することが出来るようになります。
この<なる>ということは演技をすることではありません。それぞれの役割を演じることでもありません。それに「成りきる」ということです。登場した人物や動物に自分をゆだねることです。
パールズは妻のローラの影響でセンサリーアウェアネスやフェルデンクライスを長年に渡って学びました。その体験から「身体感覚が深まると、気づきも深まる」ということが彼のなかで静かに醗酵して「夢のワーク」と繋がっていきました。
ゲシュタルトの<なる>アプローチは、言葉による表現だけでなく身体表現も含まれているのです。即興劇のように、思いもよらない動き、動作、言葉が生まれて来るからです。
例えば、トイレに<なる>場合には、その形や大きさを身体で表現します。おばあさんに<なる>時は、姿勢や、見詰めている視線の方向などを動作で表します。これは本人の身体観や自己の内面の感覚を表現してもらう意味もあります。
パールズは夢の中に登場した人物、動物、風景になっている時の身体感覚へも意識を向けるようにしたのです。独自のアプローチで<命を吹き込む>ことに成功したのです。それが「夢のワーク」であり彼の天才的なひらめきでした。
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次の【第2回】では、実際のワークで夢に出てきたものに<なる>展開と、その後のプロセスを解説します。